「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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大村 孝子 (おおむら たかこ)

<経歴>

1925年、岩手県生まれ、岩手県花巻市在住。

詩集『ゆきおんな』『北のかんむり』『草のみち』『雪の夕暮れに』『ゆきあいの空』『大村孝子詩選集一二四篇』

記録集『祭りのあと』『花巻の詩覚え書』。

略伝『暮れ残る空』。

「堅香子」、岩手県詩人クラブ、日本現代詩人会、会員。


<詩作品>


ゆ き


 〈おお 唄がのぼってまいります〉
さやぎあう雪のかげのあいだから しずかにはだしにな り
〈このむらさきの肩かけをして〉
ゆきおんな 雪の中できものを脱ぐことはうつくしい


くるおしいきもの あざむかれたきもの しらしらと体じゅうの毛皮を脱ぎすてると ゆきおんな こいびとを食い殺した黒い壁画の王女のように 飢えた空がそこで燃えている


〈ゆきは
 心せつない女のコーラス〉
〈ゆきは 
 すぎ去ってゆくおびただしい水死人〉


ゆきおんな 急になまめかしい鼓動を波打たせると そらぞらしい一本の青いろうそくになる


このとき ゆきおんなの体には小さい靴がいっぱい脱ぎすてられて みるみる寒暖計のようにあふれてくる


ゆきおんな 雪をみごもり 雪はべつのゆきおんなを生み ゆき ゆき
空を鳴らしてはげしく訴える心のように


ゆきおんな 裂けた鱗のようなまなじりをして 冷たい鏡の中に入ってゆく ゆきおんな 鏡にいっぱいの波紋をおこし 失楽園の詩のように むらさきの雪の埃をおいてくる


雪がふかくなると ゆきおんな とてもきれいになりながら気を失う ふとただよいの中から目ざめると いちめん白い炎になって 息するたびに痛みつづける みずからの とめどないいのちのしげみにおどろく




五能線
―ときには無能線とも呼ばれる
  赤字ローカル線です―


まだ九月というのに
低くたれこめた空と海のあいだを
ぬうようにして走っていく汽車があった


国鉄 五能線
大きな魚箱を背負った浜のかみさんや
病気の赤ん坊を抱いた若い母親の
愚痴や世間話を
乗せたりおろしたりしながら
汽車は
貧しい北国の人々を
じゅずのようにつないでいくのであった


車輌の両側を
芒や色深い秋ぐさが飾ってくれた
汽車は断崖に飛ぶしぶきを浴び
曲がったトンネルをいくつもくぐり
山の中腹に光っている
白い村に向かって走るのだった



日本海の荒波と寒風は
五能線を骨髄まで凍らせた
五能線が動けなくなると
人々は
「無能線」と呼んで笑い合った


……情ない
  この屈辱は声にもならぬ……


夏のあいだ 休むひまなくかせいだよ
ぎっしりつまった汗の臭いと
キャンプのうた
狂気と騒音のゴミの山を蹴散らして
それでも足りない 走れ 走れ
秋の日はみじかい
激しくまわりつづける車輪に
ふと 沿道のコスモスがなびいたりする
……あなたの疲れをいやしてあげたい
  あなたの後ろ姿を
  いつまでも見送っています……


五能線は少年のように恥ずかしい
一瞬 陶酔にしびれるのだが
あれは 車窓に過ぎた
つかのまの風景


走れ 走れ
もうじき 冬がくる
生きていくのにむずかしい論理はいらぬ
五能線だろうが 無能線だろうが
いまを 走れ
いちように煙るいぶし銀は
どちらが空でも海でもよい
ざわめく音は鷗でも波でもおんなじだ
おのれに敷かれた道のりを
ただ 走るだけだ


もうじき 冬がくる
もうじき 冬がくる



女たち


法事も終わったし
残ったビールは返品したら と女はいう
男は 飲みたい奴にくれてやれ という
女は さっさと返品の取引きを済ませ
代金を受けとって もどってくる


―うちのやつはケチで―
男が酒屋の主人に言い訳しているのを
女はだまって聞いている

 (そのとき
 山をスイスイおよいでいたのはおじいさん
 雀の舌をちょん切っていたのはおばあさん
 軽いつづらを選んだのはおじいさんで
 重いつづらをぶん取ったのはおばあさん)

―昔から女は残酷で―と言い訳はつづく
女はだまって聞きながら
雀の舌を切ってなぜ悪い と思っている


 雀がなめたのは食堂の糊ではないのですよ
 洗い張りの 安月給の やりくりの糊


―そして女はどうも欲張りで―
酒屋の主人も相槌を打つ
女は ああ あの重いつづらのことか と
思っている


 (おいもを下さい お米も下さい
  八月の太陽にくわれて
  あの子が死ぬる この子も死ぬる
  戦さは負けた
  足場の轍は深くとも
  重いつづらに 背中えぐられ海山千里


  あの子が死ぬる この子も死ぬる
  風はくろく流れて野末に沈むよ)


それから 女は
「臨時収入 ビール返品分」と家計簿に書く


男はだまって それを見ている


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